晴れのち自転車時々猫

チェリー、スミレ、スパッツ、スージー、それに自転車とかカメラ類と戯れる日々を綴ります。



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不思議な現象

近所のスーパーへ行く時に通る道で不思議な現象が起こっているのを発見しました。
その様子を写したのがこの写真。

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別に何も問題ないように見えますが、真冬の今ではミスマッチなものがあります。実はこの後ろは小学校があり、すぐ横手に校門があります。道路に街頭はありますが、校門の付近は日が暮れると結構暗くなります。最近痴漢も出るとかで予防策として去年街灯が増設されたのです。通常街灯には蛍光灯とか水銀ランプがよく使われますが、最近の流れで増設されたのはLED式のものでした。(写真の電柱に付いているのが見えます。)LED式でもなかなか明るいもので、全ての街灯をLED式に換えたら随分と電力が浮きそうです。(もっともそうなると夜間の余剰電力で電力会社が困るかも知れませんが。)で、夜にこのLED式街灯が点灯しているのを見て「アレッ?」と気付いたのです。

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見てのとおりなのですが・・・何が問題かというと葉っぱです。これは街路樹として植えられているハナミズキなのですが、このLED式街灯の付近だけ落葉せずに葉が残っているのです。他のハナミズキは完全に丸坊主状態、たまに葉が残っているのもありますが、それらの葉はこげ茶色となっています。ところが、LED式街灯付近の葉は狭い範囲ですが、去年の秋に紅葉した時のままの葉が残っています。例年に比べて今年は寒いというのに、最も街灯に近い部分(約30cm強)の葉は緑色が残った状態です。

これは増設されたLED式街灯のせいとしか思えません。他の街灯は水銀ランプだったり、ハナミズキとそれほど接近していなかったりで同じ条件にないので比較することは出来ないのですが、どうもLEDの光は何か違いがあるような気がします。(太陽光にスペクトラムが似ているとか?)このハナミズキの葉がこのままで冬を越してしまうのかどうか観察を続けてみようと思います。


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昼間見るとこのように頑張って(?)紅葉中







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見上げてみれば

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午後4時、肥料を買うべく近所のホームセンターへ行こうとマンションを出た時のことです。ふと見上げてみれば・・・・「ありゃ?!」目に入ってきたのは虹!色は薄く長さも短いですが確かに虹です。今日は快晴で高層の雲しか出ていません。なので彩雲ではありません。明らかに高層の雲よりも下に虹があります。背後の雲が移動しても青空をバックに虹が見えたからです。すかさず持っていたiPhoneで撮影しました。


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生憎iPhoneのレンズは35mm判で言うと32mm位の画角ですから小さくしか写りません。1枚目の写真の虹の辺りを部分拡大してみました。確かに虹ですね。これだけ写っているのですから目の錯覚ではないでしょう。


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さらに一枚目の写真をiPhoneのアプリPhotoForgeでトーンカーブを調整して虹の部分を見易いように強調してみました。この虹は気がついてから10分ほどで薄くなって消えていきました。あんまり頭上なんて見上げませんから気が付いたのは本当にラッキーでしたが、これってもしかしたら椋平虹という可能性もあります。気象現象には詳しくありませんが、今日は虹が出るような気象条件だったとは思えません。それに虹が現れたのは頭の上です。もし椋平虹なら地震の前兆現象ということになる訳で、そうなるとラッキーとも言ってはいられません。

追記:
調べてみると、椋平虹というのは水平線方向に出る現象だそうで、だとするとこれは違いますね。でもいったい何だろう?

目と目が・・・

自宅の裏側にはこの辺りの丘陵のピークがあってそこには細い道があり最寄駅まで出ることができます。道といっても獣道みたいな道で当然街灯もないので夜は真っ暗で歩けません。(とは言っても一応市の管理下にある公道なんですが)夕方、この道を歩いて駅に向かっていたとき、何か「カサ、ガサカサ」という枯葉を踏む音が・・・周囲には私以外誰もいません。「?」と思って音のする方に振り向くと地上を歩いている鳥と目が合ってしまいました。体は茶色っぽい模様があってウズラくらいの大きさ・・・こんな所にウズラ? よく見るとウズラよりも少し大きく、顔の横に赤っぽい模様があります。どうやらコジュケイのようです。2羽いたのできっとつがいでしょう。コジュケイとの間には高い金網フェンスがあるので向こうも身の危険は感じてないようで悠然と何かをついばんでいます。これが先週のことでした。

そして今日もまた・・・・昼頃に吉祥寺方面から我が家に向かって鉄ロードの南米号で道路脇を巡行していたときです。前後に車もなく、道もほぼ直線で信号もないので安心して漕いでいたのですが、突然視界右隅に何か影が写りました。エッと思って右側を見るとほぼこちらの頭の高さを同じ速度で水平飛行している大きなカラスと目が合ってしまいました。ごく短い時間でしたが、まるで映画のSFXシーンみたいでお互いに見つめ合いながら思考停止状態(笑)。向こうが何を感じたのかは分かりませんが、その後急上昇して視界から消えてしまいました。なんとなくカラスの飛んでいる感じがちょっとだけ分かったような気がしました。

さて、コジュケイ、カラスときたら次はなんでしょうね?もっと大きい奴だったりするとちょっと怖い気もしますが。怖いといえばヤーさんと目が合うのも御免被りたいところです。





世田谷アートフリマ

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三軒茶屋駅前のキャロットタワーで開催されている「世田谷アートフリマ」でこの家系図を見つけました。
本当なのかしらん?そしてラヂオ焼きって? ははぁ、これですね。図によると戦前で途絶えていますが、復活(復元)したということのようです。

「世田谷アートフリマ」は出展者数も多く、いろいろあって楽しめました。どちらかというと、おじさんよりは女性の方が楽しめそうです。個人的に気に入ったのは、「きりえや」さんの作品。名前の通り切り絵です。黒猫ユメがかわいいので画集「ユメとバルーン」を購入してしまいました。
作者は高木さんという方で実際にその場で作品を切っていましたが、それを見ていると気が狂いそうでとてもやる気にはなれません(笑)。


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昔も今も

先日、高校の同級生だったN氏から昔撮った写真が出てきたので送りますとメールでモノクロ写真が届きました。高校生の時に代々木の予備校へ行った時に撮ったもののようです。なんでそんな時に写真を撮ったのかは記憶が全くありません。だいたい予備校に行ったことさえほとんど覚えていませんでした。そこに写っていたのは代々木の街中でなにやらショーウィンドウを覗き込むうら若きNashの姿が写っていました。まだ世の中にスレていない純粋な青年の凛々しい姿、で何を覗いているのかと言うとカメラ屋の店頭で陳列されているカメラをしげしげと覗いているのでした。なんと今とやっていることが変わんないではないですか。 orz

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残念ながら店名は分からないのですが、写真中のショーウィンドウを見るとクラシックカメラやステレオカメラが写っているのが分かります。たぶんその手のカメラ屋さんなのでしょう。このぅん十年で大きく変わったのはお店の方で、リアルな店舗でなくてもネットでいくらでも店先は覗けますから便利な時代になったものです。その一方で昔は足で稼ぐという面白みがありました。体力があれば納得するまで何件でもはしごして自分が探しているものを確保するという狩猟本能によく似た感覚があったように思います。もうそう言うのは昔の話ですね。しかしながら高校生の頃と行動パターンが同じとは・・・。この行動パターンは死ぬまで変わらないのかも知れません。

ぞうさん


ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ


ぞうさん
ぞうさん
だあれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ

まど・みちお作詞/團伊玖磨作曲



平成生まれの人はどうだか分かりませんが、昭和以前の人は誰でも童謡の「ぞうさん」はご存知だと思います。この作詞をされた人がうちの近所の養老ホームに入っていることをたまたま見たテレビ番組で知りました。まど・みちお氏、現在100歳だそうです。若い頃には自作の詩が北原白秋に認められたそうです。最近は足腰が弱って車椅子での生活を余儀なくされているようですが、その口から語られる言葉はまさに生きた知恵の言葉でした。「ねぇ、どうして?」と子供は時に鋭い疑問を発して大人を困らせることがありますが、100歳になってもまだ疑問を発し続けているのです。とても優しい語り口なのですが、普段深く考えないことが習慣になってしまったNashには新鮮な驚きでした。

普通の人は眼で捉えたものを当たり前と思って気に留めることもなく通り過ごしてしまいますが、氏は「なぜだろう? どうしてこれがここに存在するのだろう?」と考えをめぐらすそうです。テレビなどで目にする100歳のお年寄りというと生きているだけでやっとこという感じがほとんどだと思いますが、100歳になってもああいう人もいるんだなと驚かされました。氏は未だに毎日創作活動として絵を描いているそうです。絵といってもテンプレート定規を使ったデザインのような抽象的な模様のような絵でお年寄りが描いたものとは思えません。天気が良い時は屋上に出ていろいろな形の雲を眺めるのが楽しみなのだとか。誰でも歳を取ることは避けられないことですが、出来ることなら氏のような年寄りになりたいものだと考えさせられました。

(これは見逃したのですが、お正月にNHKの番組でもまど・みちお氏の特集があったそうです。)



2009年の読書

実はド近眼で老眼なので近年は少々読書が辛くなってきつつあります。以前はかなり乱読してましたが、たくさん読めばそれだけたくさん得るものがある、という訳でもないですね。じっくり読んだり、繰り返して読むことが出来るのが本のよい所ではないかと思います。去年読んだ本でインパクトがあった本はどんなものがあったかなと振り返ってみました。

・バシャール2006 (バシャール)
 バシャールは70年代からコンタクトしてきた宇宙人。当時のものを読み返してもその主張する所は一貫してブレていません。書いたのが人間ではないので「?」という人もいると思いますが、よくまとまっていて非常にインパクトがありました。たまには外(宇宙)から人間を見つめることも必要でしょう。人間の思考や感情の流れの仕組みを分かり易くロジカルに解説しています。人間よりも人間のことが分かっているというのはちょっと悔しい(?)話ですが、読んでみる価値は充分にあります。

・苫米地英人 宇宙を語る (苫米地英人)
 この人のこと、最初は少々馬鹿にしていたのですが、読み終わってひょっとして天才かもと思ってしまいました。そのスケールの大きいことは注目です。タイトルの通りに文字通り宇宙そのものを解説していますが、宇宙とは物理宇宙だけではなく情報宇宙というものもあるとして、宇宙と人とがどう繋がりを持っているかを説明しています。

・リンゴが教えてくれたこと (木村秋則)
 最近テレビにも登場する奇跡のリンゴを作った木村氏の書き下ろし本です。木村氏の自然観がどういう風に成り立ったのかが良く分かります。人間の生命は直接農作物に依存していますが、その農作物を作っている現在の農業が持っている問題点について色々と考えさせられる本です。

・もの思う鳥たち (セノドア・バーバー)
 都市であれ、海であれ、山であれ一番良く眼にする動物である鳥、その鳥たちをいかに人間が誤解というか理解していないかが書かれています。よく観察すると鳥たちには豊かな個性があり、相当な知能を持っていることや、芸術的な才能すら持っていることが分かって来ているのだそうです。

・よみがえる千島学説 (かせ山紀一)
 千島学説というのは故千島博士が唱えた「赤血球は腸で造られる」という学説でこれは観察もされているそうです。これを聞くとえーっと思う人がほとんとだと思います。医学界の定説は「赤血球は骨髄で造られる」となっていますが、実はその学説はかなり特殊な環境下での観察を元に作られたものなのだそうです。しかし、現代医学は骨髄説を前提として医療を進めてしまいました。結果として病人を減らすことは出来ずに返って増やしているのが現状でしょう。この千島学説が正しいとすれば既存の医学界が根底からひっくり返ってしまうくらいの重大な疑問を投げかけています。

昔はエンターティメント系もよく読んでいたのですが、そういうのは余程のことがない限りパスしています。時間があったら大好きなジャック・ヒギンス(「鷲は舞い降りた」で有名)とかをもう一度読んでみようかなと思っています。

星雲は旅立った

落ち込んでなかなかブログを書こうという気になれなかったのですが、どうにも区切りがつかないので書くことにしました。

私の自転車の師匠であった畏友Nebulaさんが10月4日に旅立ちました。9月末の時点ではリハビリも順調に進んでいるように見えていたのですが・・・・様態が急変したようです。ご家族の方からメールで連絡をいただいた時には絶句してしまいました。彼は3年前、自転車通勤中にトラックの左折に巻き込まれて転倒、運悪く頭部を打ってしまい、脳を破損してしまいました。(ヘルメットはかぶっていましたが、リカンベントだったので車体といっしょに倒れ込んだものと思います。)一時は医者にだめかも知れませんと言われたようですが奇跡的に回復し、その後はゆっくりながらも回復しつつありました。最近では病院内を歩いたり、ちょっとした会話をしたりと順調な具合だったのでこれなら時間はかかるかもしれないが、いつかはきっと社会復帰出来ると信じていたのですが。

Nebulaさんと初めて会ったのは1999年か2000年頃だったと思います。あるセミナーで毎月顔を合わせていました。最初の印象はちょっと変わった奴だな、という感じでしたが、何か発言する時はなかなか矛先鋭いながらもユーモアに富んだ独特の口調が印象的でした。セミナー会場までヘンテコな自転車(MC-1)で乗って来てはその自転車がいかにユニークであるか皆の前でデモをしてみせたりしたのをよく覚えています。それに影響されて私もMC-1を購入し、二人で飯能まで初ツーリングに行ったのでした。そして走り始めて30分で私が下り坂で落車して右肩を骨折。飯能から二人でタクシーで帰宅というさんざんなものでしたが、今では良い思い出です。

彼は今では世界中で使われている光学式マウスの発案者でした。(発明自体は会社に帰属するのでしょう。)プレゼンテーション中に使っていたレーザー・ポインターからヒントを得たそうです。彼ならではの柔軟な発想があったから出来たのだと思います。もし彼が思いつかなかったら我々は依然あのボールの入ったメカニカル・マウスを使っていたのかも知れません。酒の席で聞いた彼の野望は壮大なものでした。それは「世界中の人々が笑顔を浮かべられる世界にする」というものでした。彼は技術屋でしたから光学式マウスのことも彼なりの野望の表現だったのかも知れません。

また、彼は大変なグルメでもありました。料理を分析するのが好きで一口食べては「あ、アレとコレが入ってますね。でも他にもあるなぁ、なんだろう?」とこんな感じででした。驚くべきはうまい店を発掘する嗅覚で、さてどこで食事をするかという時に「あっち方向ににありそうですねぇ。」と言うのでいわれるままに店に入ってみるといつも大当たりでしたので、仲間内では食事処を選ぶ時はNebulaさんにおまかせでした。

他にも色々なエピソードがあってとても書ききれませんが、一言で言えば異能の人、でもそれにもまして最大の魅力は彼の人柄でした。それ故に多くの人に影響を与え、慕われたたのだと思います。私自身も人生の進行方向が良い方向に変わるような影響を受けました。そんな彼がなぜ世を去らねばならなかったのか?恐らく彼には果たさなければならない新たな使命があったのでしょう。その為に止むに止まれず今の体を脱ぎ捨てなければならなかったのだと思います。彼の野望は今回は果たせませんでしたから、必ずや再びこの星に降りてくるでしょう。その時はNebulaとしての記憶は失われているでしょうが、あの独特の個性は未来にまた現れる、そういう縁だと信じています。


5連休は引き篭り

災難は忘れた頃にやって来るとはよく言いますが、やって来ました、5連休前に(悲)。
何事かと言うと、持病の通風の発作。左足が木曜日ころからムズムズし始め、金曜日に本核的に痛みだし、現在左足は見事に腫れ上がっています。こうなると足の指やくるぶし部分が激痛で曲げられませんから歩く時はどうしてもビッコをひいてしまいます。歩く速度もいつもの1/4位で、おばあさんに追い抜かれてしまう始末。今日も快晴でしたが、近所のコンビニさえ行けません。行ったらきっと途中で遭難してしまうでしょう。だいたいそれ以前に靴が履けません。ということでこのシルバーウェーク中は家に引き篭ってすごす予定です。

夢中講義

ルドルフ・シュタイナーに会いました。街中を歩いていてある建物の前で4?5人の人だかりがあり、何だろうと思って見てみるとなんとシュタイナー博士が講義をやっているところでした。不思議なことに一目で彼がシュタイナー博士だと分かったのです。立ち止まって講義を聞いてみると何やら2枚貝の構造についての話。貝殻を手に持ち、「ほら、ここを見なさい。この穴から水が排水されるようになっているのだ。」さすが博学。それにドイツ語ではなく流暢な日本語です。しかしどうしてこんな所で貝なんだろうと疑問が頭をよぎります。講義ははひとしきり続いていつの間にか解散となりました。その後、家に帰ってからふとノートを開いてみるとそこには先ほどの講義内容や疑問点についての回答が博士の手書きでびっしりと箇条書きされていてびっくりしました。メールよりもはるかにスピーディーです。さすがシュタイナー博士!

いきなり猫のスパッツの背中が顔にかぶさってきて目が覚めました。彼女は枕元に置いてあった空ダンボールによじ登ろうとして箱ごとひっくり返ってきたのです。とても奇妙な夢でした。普通は夢をみても内容は曖昧で中身を覚えていることはあまりないのですが、今日のははっきりと覚えています。(スパッツのせい?)ルドルフ・シュターナーはマイ・ヒーローでした。いえ今でもマイ・ヒーローです。前のように著作を読みふけることは今はありませんが。時は大戦前、ルドルフ・シュタイナーはいびつに進歩しつつある科学文明を懸念して人間の精神性・霊性を人々に啓蒙しようとしていたのでした。それをよく思わぬもう一人の巨人、アドルフ・ヒットラーはシュタイナー博士を暗殺しようとしましたが、あやういところで難を逃れたのでした。一人は人類を目覚めさせようとし、もう一人は人類を支配しようとした二人が同じ時代、同じ国に現れたのは何やら因縁深いものを感じます。

そういえば思い出したのはシュタイナー博士の秘書の話。万能の知の巨人、シュタイナー博士にも唯一苦手なものがあってそれはフランス語だったそうです。秘書はそれを知って「彼にも苦手なものがあるのか。」とホッとしたのだとか。再び講義を受けられるかどうかわかりませんが博士の講義、また受けたいものです。

ルドルフ・シュタイナー

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