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晴れのち自転車時々猫

チェリー、スミレ、スパッツ、スージー、それに自転車とかカメラ類と戯れる日々を綴ります。



幕末のプロフェッショナル・カメラマン

坂本龍馬の写真をを見たことはあるでしょうか?たぶんどこかで見たことがあると思います。それでは高杉晋作はどうでしょう?ちょっと目がつり上がった若者です。これも見たことのある人は多いのではないかと思います。どちらもある日本人カメラマンが当時撮影した写真が残っていて、それが使われていることが多いのです。その写真を写したカメラマンは上野彦馬(天保9年8月27日(1838年10月15日) - 1904年(明治37年)5月22日)と言います。

カメラマンというよりは写真術師といった方が良いかも知れません。というのは撮影だけではなく、感光板や現像液などの化学薬品の作成まで全てやらなければならなかったからです。勿論当時は写真自体が最先端の技術でしたから、どこかで作り方を習ってということではなく、その開発から手探りでやらなければならなかったのです。上野彦馬は蘭書を唯一の頼りとしてそれらをやり遂げました。

彼は日本初のプロフェッショナル・カメラマンと言われています。多くの幕末の人々を写しておいてくれたお陰で我々は当時の人々のリアルな姿に接することが出来ます。また日本発の天体写真を撮ったのもこの人です。当時はどんな時代かとと言えば、
 1834年 近藤勇、新選組局長 誕生
 1836年 坂本龍馬、海援隊隊長 誕生
 1837年 徳川慶喜、第15代将軍 誕生
こんな人達が活躍していた時代です。テクノロジーなんて当時の日本には無縁なものでした。

産能大の資料によれば、「当時の日本では感光材として必要な薬品の入手さえままならず、それに加えて世間の無理解による中傷も激しく、その苦労苦心は一通りではありませんでした。」と記述されています。風景を写すにしても感光板が超低感度だったので数分も露出しなければならなかったそうです。人物撮影も大変だったと思います。現在はデジカメでカメラが勝手に(?)写真を撮ってしまうのが当たり前の時代、我々からは想像するのも難しい困難な状況があったでしょう。でも彼はやり遂げて多くの貴重な歴史的資料を残してくれました。私達も未来に対してもう少し頑張らなければいけないなぁと考えてしまいます。

写真の開祖 上野彦馬
Wikipedia 上野彦馬

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