久しぶりに前の前の会社で同僚だったF氏と有楽町で落ちあい、一杯やりました。彼は独身で8匹の猫と暮らしています。うちの猫もチェリー以外は彼の所から派遣されてきたのです。(というか妊娠していて増殖してしまったのですが。)いろいろな会社を転々として今では自宅も持ち、ある程度金も貯まって定年までそんなにガリガリ稼ぐことはないなぁ、という優雅な身分。そんな彼が放った台詞は「生きがいがないなぁ、何か生きがいのあるものないかなぁ。」というもの。これにはちょっとびっくりです。以前は猫が生きがいで毎晩仕事が終わってから街の野良猫の世話をしていましたが、最近どうもそれに生きがいは感じられなくなったようです。
たぶん彼の探し物はみつからないでしょう。彼は自分の外側に「生きがい」というものを探しているようだからです。正解かどうかわかりませんが、生きがいと言うのは自分の内側から湧き出すもので外側にひょこっとあるものではありません。いわば生きる姿勢とでも言えばよいのか。それは生きていく上で形作っていくうちに、磨いていくうちに出来てくるものです。ピピッと感じるアンテナが錆びてしまっていては見つけることはできないものと思います。それを彼に説明するべきでしょうか?彼にそれを言っても今は理解出来るものでもないでしょう。冷たいかもしれませんが、彼が自分の人生の上で自ら気が付かなければいけないものなのだと思うからです。たとえ一生かかっても自分の手で掴まなければいけないものですから。
ないもの探し
コメント
喪失感
Fさんはいつからそうなってしまったのかわかりませんが、私も家内を亡くしてから生きがいの一部の喪失感から抜け出せないでいます。
友人からペットでも飼ったら?と言われることもありますが、それは少し違うと思います。
私がロードバイクであちこち走り回って気晴らししているのも「ないもの探し」なのかもしれません。